『 いとしい人 ― (1) ― 』
― ツ ・・・
モニターに茶髪の青年が映しだされた。
「 このオトコだ。 お前のターゲットだ。 」
「 ・・・ 」
彼女は じっとその顔を見つめた。
彼女の色素の薄い髪がほわほわと広がり 黒目がちの両の瞳が
押さえた灯の下で きらり、と光った。
あら いいオトコじゃない?
― 落としてみせる
「 裏切り者だ。 仲間と共に我々を裏切った 」
「 ・・・ 」
へえ ・・・?
優しそうな顔して 案外ヤルのね
そんなオトコって面白いじゃない?
陰を引きずってるって 定番だけど
そりゃ 魅惑的よぉ〜
ふっふっふ ・・・
これは遣り甲斐があるわ
そう ねえ ・・・
コイツの好みはどんな女かしら。
純情路線 でやってみようかな
「 裏切りモノは消さねばならん。
しかし 何回刺客を差し向けても 失敗した。 」
「 ・・・ ( へえ? ) 」
彼女は 初めて少しだけ顔を上げたが すぐにまた
モニターに視線を戻してしまった。
ふうん・・・?
ってことは。
顔に似合わず 案外ヤルってこと?
ふん。 違うわね。
コイツらの仲間が へっぽこ ってことよ。
ま そんなこと どうでもいいけど。
「 今回の任務に成功すれば お前達を完全に開放してやる
お前らの一族をここの支配者にしてやる。 」
「 ・・・・ 」
彼女は 今度ははっきりと顔を上げ黒服のオトコを見つめた。
「 私達姉妹だけで 十分。 」
「 はあん? 」
「 ― 私達をこの最低の世界から解放して。 」
「 お前らだけ ということか 」
「 他の連中のことなんか 知ったことじゃない。
私達を 解放してほしい。 もうあそこには居たくない。
それを保証してくれるのなら ― なんだってやるわ 」
「 ふふん。 賢い選択だな。 では 指令を聞け。 」
「 ・・・・ 」
彼女は再び イヤホンをつけ熱心に聞き始めた。
― やる わ。
そして ・・・ 姉妹皆で 外に出るのよっ
私達だって に 人間 なんだもの!
きゅ。
カタチのよい けれど薄い色の唇を噛み彼女は耳に流れる情報に集中した。
**********
「 パパ! 」
「 おう ヘレン。 」
父親は駆け寄ってきた娘に 両腕を広げた。
「 ただいま〜〜〜 パパ ちゃんと食べてる? 元気? 」
「 あはは ヘレン〜〜 ああ 元気だとも 」
「 そう? う〜〜ん ちょっと痩せたんじゃない?
いいわ! 今日はパパの大好きなパン・ケーキをつくったげる 」
「 ありがとう〜 学校はどうだ? 」
「 安心してよ パパ。 今期もトップで終了よ。 見る? 」
娘はバッグから紙キレを取り出した。
「 あ〜 後でいい。 それよりも話がしたいな。
得意科目は 相変わらず数学と化学かい
」
「 ええ。 数式ってつくづく魅惑的よね〜〜
パパ。 パパの研究はどう? 新しい論文は仕上がった? 」
「 ああ。 今回も渾身の研究結果だからな 」
「 素敵! パパってば最高〜〜にステキな科学者だわ 」
「 それは嬉しいなああ〜〜
お前の褒め言葉がパパにはなによりも最高の称賛だ。」
「 ふふふ♪ パパ。 デートしよ? 」
「 おう そのつもりさ。 どこへご案内しますか ミス? 」
「 う〜〜ん と。 あ ナショナル・ギャラリーで 舞台が見たいなあ 」
「 畏まりました。 どうぞ? 」
初老の父親は 娘に軽く会釈をすると慇懃に腕をさしだした。
「 サンキュウ。 ドクター 」
娘も気取って父の腕に手を預け 二人は寄り添って歩く。
くすくすくす ・・・ ふふふふ・・・
小声のおしゃべりと低い笑い声 ― まるで恋人同士みたいな二人に
行き交う人々も 微笑ましい笑顔を向けた。
・・・ 娘の面差しには 誰の目にも父の濃い影が感じられたから。
「 お引き取り ねがおう ! 」
バンッ !!! マホガニーの机が 大きく音を立てた。
「 ・・・・ 」
「 何回来ようが ワシの決心は変わらん。
そんな邪な組織には 協力できん。 」
「 ・・・・ 」
「 もう一度 言う。 引き取ってくれ。 さあ。 」
バタン。 玄関のドアが音を立てて開いた。
「 ・・・・ 」
コツ コツ コツ。 カタン ・・・
足音は嫌味なくらいゆっくりと去っていった。
ふう ・・・・
やっと訪れた静寂の中 深いため息が聞こえた。
「 ・・・ パパ? 」
「 ・・・ ヘレン。 ああ もう大丈夫だ、降りておいで 」
「 ! パパ! 大丈夫 」
娘は二階のドアを開け すごい勢いで階段を駆け下りてきた。
「 パパ! な なんなの ・・・ あのヒト・・・
黒づくめで なんだか妙に落ち着いた低い声だったけど ・・・ 」
「 ! 玄関でなにか ― 言われたかい 」
「 ううん ドクター・ウィッシュボンは ご在宅ですか ってだけ。 」
「 そうか ・・・よかった ・・・ 」
「 え なに? 」
「 いや。 安心をし ヘレン。 アイツはもう二度と来ないだろう。
ワシは はっきりと断ったからな 」
「 なに を 」
「 ああ・・・ アイツらの組織への協力さ。 」
「 なぜ? 」
「 ワシの良心が許さんからさ。 ― さあ 不愉快なことは忘れよう!
ヘレン 次の論文の草稿に目を通してくれるかい? 」
「 え??? いいの?? うわあ〜〜 すごい〜〜〜 」
「 お前の意見も聞かせてもらえると嬉しい 」
「 うわ うわ〜〜〜 読ませていただきます♪ 」
「 うんうん これだよ 」
「 う わ♪ 」
共に学問の世界に生きる父娘は 最高の癒しタイムを過ごすのだった。
父は 俗世の厄介事を忘れ 娘は心配事を忘れた。
カチャ カチャ ・・・ ふわん〜〜
居間のテーブルに古風な茶器を運んできた。
「 パパ。 お茶を淹れたわ。 」
「 お いい香りだ ・・ ありがとうよ ヘレン 」
「 あとね ジンジャ―・ビスケット 焼いてみたんだけど・・・
ごめ〜ん あんまり上手には出来なかったみたい 」
「 ほう? ヘレンの手作りかい 是非いただこう
」
「 えへへ ・・・ どうぞ 」
「 〜〜〜〜ん 美味い! 」
父は ぱくり、と一口頬張ると 笑顔を見せた。
「 ほんとう? 」
「 本当さ。 夜食にもらってもいいかい 」
「 勿論よ〜〜 そのつもりでたくさん焼いたの。 」
「 そうかそうか ありがとうよ。 時にヘレン。 相談があるのだが 」
「 ? なあに パパ。 」
「 うん 少し旅行に出ようか と思うんだが 」
「 旅行?? へえ 珍しいわね ・・・ どこへ 」
「 うむ。 ニッポン 」
「 ニッポン ・・? え〜と・・・アジアの国 ・・・? 」
「 そうだ。 会ってみたい御仁がいてなあ 」
「 ・・・ 同業の方? 」
「 うむ。 」
「 もしかして ・・・ さっきの < 厄介事 > と
関係あり? 」
「 そんなところさ。 あの組織から脱出した、と聞いてな 」
「 ・・・ あの そしき ? なんなの? 」
「 ワシは あの組織の企画に学者としては関心がある。 それは否定しない。
しかし ― ワシの良心が 許さんのだよ 」
「 ! 私も ゆくわ 」
「 なんじゃと 」
「 パパ。 私はパパの娘だけど。
ドクター・ウィッシュボン研究所の一番助手だって 言ってるわよね 」
「 ああ。 お前は優秀だ。 贔屓で言ってるのではない。
前期・ドクター・コースでは 飛びぬけていたぞ。」
「 そう言っていただけてうれしいです、ドクター。
では 主席・研究員として ドクター・ウィッシュボンのお供をしますわ。 」
「 それは ― ダメだ。 危険すぎる
」
「 私が パパを護ります。 」
「 いや ― 奴らは途方もなく大きな組織なのだ。
あの御仁が脱出できた とは・・・ 信じがたいほどだ 」
「 パパ。 いえ ドクタ―・ウィッシュボン。
< 奴ら > のこと 教えてください。
敵の事を知らなければ ― 護る術を構築できません。 」
「 ・・・・ 」
父は 娘のまっすぐな視線を眩し気に受け止めた。
― 沈思黙考の末 父、いや ドクターは 重い口を開いた。
「 奴らは BG( ブラック・ゴースト )
所謂 死の商人 といわれる輩だ。 」
「 !?!? そんな 奴らが ・・ なぜ パパに ?? 」
「 まあ 聞け。 」
ドクタ―・ウィッシュボンの長い話が始まった。
**************
― その頃 アジアの隅の島国では。
ヴォ −−−−−−−
太平洋に面した海岸線をぶっとばす新型のクルマ が一台。
ドライバーは まだまだ少年の面影をのこす男性だ。
・・・・ ! ・・・・
彼は 無表情に前をみつめている。
俺は ・・・ なんだってこんなコトしてるんだ?
ああ 明日もレースがあるんだっけ
ふん。
大人しく家にもどるか。
― 家 か ・・・
我ながら凝りまくったんだよなあ〜
あらゆる最新型の家電 いれたし
特注でいろんな仕掛けもつくった さ
ばかでっかい家だから TVのモニタもでっかく。
冷蔵庫も特注、 選んでチン で フル・コース さ。
風呂も 即入れるし自動洗浄
汚れものも 洗濯機に放りこんでおけば
・・・ 翌朝には ふんわり清潔に畳まれてる。
リモコンがあれば なんでもできるんだぜ
へへへ 俺の理想の家〜〜 って得意だったんだ。
けど。
・・・ 快適天国 なんかじゃ ない。
ただの寝て食べるだけの場所 ・・・
帰っても 誰もいない
俺を待つヒトは いない
ふん。
・・・ どうせ 俺は独りぼっちさ。
チビの頃から慣れっこなはずじゃないか。
あ。
・・・ははは 機械がなんでそんなこと いう?
半機械じかけの人形が 淋しい なんて笑わせるぜ!
グィ。 ヴァ −−−−− !!!
彼はアクセルを踏みこむと 夜の闇の中に消えていった。
茶髪の青年は 待ち受ける闘いの日々を まだ知らない。
数日後 彼は 囚われの美少女 と出会うことになる ・・・
一方 花の都 巴里では。
ダンサーがひとり ある目的を目指し必死の努力の日々を重ねている。
「 ・・・ あれ まだ誰か残ってるのか 」
スタジオの入口から 男性がひょい、と顔を見せた。
「 あ ・・・ マーロウ先生・・・ あのう 自習してて・・・ 」
「 フランソワーズかあ 熱心だねえ 」
「 ええ あの 次のオーデイション 受かりたいんです
どうしても。 」
「 おお その意気込みだ。 あ 帰りに鍵を管理人室に
預けてかえってくれるかい 」
「 はい。 戸締りはちゃんと・・・ 」
「 頼んだよ。 まあ あんまり無理するなよ
じゃ 」
「 はい・・・ お疲れ様でした 」
軽くレヴェランスしてから 彼女はスタジオのセンターに戻った。
・・・ まだ完全に元の感覚が戻ってない ・・・
わたしの足は 脚は こんなんじゃないのに!
もう滅茶苦茶だわ ・・・
く・・・ 泣いたってなんの解決にもならないわ。
また やり直すだけ よ!
彼女は亜麻色の髪を きゅ・・・っと結い直す。
ポアントの結び目を確かめる。
「 ・・・ 負けないわ あんな奴らに。
絶対に。 あの舞台で踊るのよ。 真ん中に立つの!
それが ― 奴らに勝利したわたしの証 ( あかし ) だわ 」
トン。 シュ ・・・っ!
彼女は勢いをつけてダブル・ピルエットから グラン・フェッテを
回りはじめた。
次のオーディション。 絶対に 受かってみせる!
あの役を ― ゲットするわ。
亜麻色の髪の乙女、フランソワーズ・アルヌールが見据えるのは
奪われた夢への 再挑戦だ。
ホントのわたしの脚は もっと高くキープできた
ホントのわたしの足は もっと柔軟だった
ホントのわたしの腕は もっとしなやかに動いた
ホントのわたしは瞳は ホントのわたしの髪は
こんなんじゃ ない!
カタン。 彼女はゆっくりと脚を下ろし回転を止めた。
「 ・・・ は ・・・ ふ ・・・
泣いても 喚いても ― 元には戻れない ・・・ 」
だったら。 カッ シュッ !
彼女は もう一回 勢いをつけてグラン・フェッテを回りはじめた。
過去は ― 忘れたわ。
わたしは 明日へ生きる の!
彼女は 赤い特殊な服を着て戦場を駆けた日々を忘れ
共に闘った仲間たちの記憶を封印した。
< 普通のヒト > として 明日を生きるために。
身体の中に埋め込まれた機械の存在を忘れ無視するために。
「 転んでも無様でも いいわ。 わたし ― 人間よ 」
数日後 彼女は夢の第一歩を踏み出す ・・・ !
***********
ギリギリ ギィ ギ ギギ ギ ・・・・ ガタン。
なにか鈍い音をたて やたらに大きなだけの機械は動かなくなった。
その機械の前から 誰かがその前から離れゆっくりとこちらにやってきた。
「 君 ・・・ しっかりするんだ 」
ふわり。 大きな手が彼女の身体をそっと抱き起こしてくれた。
・・・?
だ れ ・・・?
パパ ・・・ じゃない わ
ここ ・・・ どこ ・・・?
ぼんやりした視界には 茶色の瞳が入ってきた。
「 ああ ロープで ・・・ なんてひどい ・・・
すぐ外すからね! 」
心配そうな瞳は すぐに鋭い観察眼に変わった
「 オンナノコになんてことを ・・・
むん。 さあ これで少しは楽になったかな 」
「 ・・・ 」
ぱらり。 彼女を拘束していたロープは簡単に千切られていた。
さるぐつわは とてもていねいに外された。
「 ・・・ 声 でますか。 」
「 ・・・ あ は はい ・・・ 」
「 ああ よかった・・・ 怪我は? 気分が悪いこと、ないですか 」
「 だ 大丈夫です ・・ 多分 」
「 多分 ・・・? 」
「 なんだか ・・・ 身体にチカラが入らなくて ・・・ 」
「 さあ ここに座って・・・ ずっと拘束されていたのですか
その ・・・ この小屋に・・・? 」
「 ・・・ わかりません ・・・ 」
彼女の声に 少しチカラがこもってきた。
白い指が そっと自分自身の咽喉をさすり頬をなで 手首を擦り
そうするうちに次第に目の焦点も合ってきたらしい。
「 ・・・ 私 ・・・ なぜ ・・・? 」
「 ああ 大丈夫ですね? さあ こんな処からは退散しましょう 」
「 ・・・ でも どこ へ 」
彼女は 初めてはっきりと彼をみつめた。
だ ・・・れ ・・・?
知らない顔 だわ ・・・
派手な服 ・・・ それ なに?
大丈夫かしら このヒト
「 あ ぼくは島村ジョー。 ・・・ この服 ヘンだよね?
あ〜〜 一応 警備とかしてるんで 」
「 けい び? 」
「 ウン。 ちょっと情報があって。 パトロールかな。
あ 君は ・・・? 」
「 私は 」
彼女は一旦 目を瞑り、すぐに彼の顔をまっすぐに見つめた。
― そして。 はっきりとした声で話す。
「 私は ― ヘレン・ウィッシュボン。
頑固モノだけど 優しいパパ、ドクター・ウィッシュボンを
探して この国まできて ・・・ それで 」
一瞬 言葉が詰まった。
アタマの中が真っ白になり なんの映像も浮かばなくなった。
「 ・・・ え ・・・? あ ・・・ 」
・・・ そうだ それで いい
ちゃんと 記憶 になっているな
狼狽えているアタマの片隅で 自分ではないなにかの声が反響し
― すぐに消えた。
え・・・?
あ ― 続き が見えて きたわ!
そうよ!
パパは行方不明になり パパの残した手紙を頼りに
東アジアの端っこまで きたんだったわ
「 !? な なに・・・・? これは 映像・・?
あ。 ― そう そうよ ね」
「 ? どうか しましたか。 」
茶色の瞳は 心底心配そう〜に彼女の顔を覗きこむ。
「 気分が悪いのですね? ここを出ましょう
あのバカでかい機械はもう動かないけど
奴らが戻ってくるかもしれないし 」
「 ・・・ ヤツら? ・・・ 貴方も知っているの?? 」
「 え ・・・ あ〜 なんのことです? 」
「 あの。 貴方は パパ・・・ いえ 父を浚った一味について
ご存じなのですか 」
「 ― いや。 しかし ドクタ―・ウィッシュボン は
よく存じ上げています。
ぼくの近しい人が 話をしてくれましたから。 」
「 まあ パパを いえ 父をご存じなのですね! 」
「 はい。 そして彼はお父上と会う約束をしている とも 」
「 ! やっぱり! 父は 密かにこちらに来ようと計画し
・・・ 途中で消息を絶ってしまいました。 」
「 あ〜 ・・・ 事故ですか? 」
「 いいえ ちがいます。
父が いえ ドクタ―・ウィッシュボン が奴ら要求を撥ねつけたからですわ 」
彼女は 毅然として顔をあげ誇らかに言った。
「 そうですか。 ― < 奴ら > のことを知っていますか 」
「 父から聞いた範囲で。 」
「 貴女は 許せますか < 奴ら > の存在を 」
「 いいえ。 決して。 」
「 わかりました。 どうぞぼくらと一緒に来てください。
あ < 奴ら > の名は 」
「 知ってます。 ブラック・ゴースト ! 」
「 ありがとう。 さあ ぼくらの本拠地へご案内しますよ 」
彼は 彼女に手を差し伸べた。
「 貴女は ぼくらの仲間です。」
「 ・・・ 」
・・・ パパを護るわ!
パパを浚っていった奴らを 許さない !!
いいぞ。 そのまま付いてゆけ
そいつに 取り入って誘いこみ ― 落とせ。
また あの不気味な声がアタマの中に響いてきた。
?? な なに・・・?
私の心を ・・・ 覗いている?
誰??? 出ていって!
ばちん。 突然激しい衝撃が彼女の脳内に加わった。
「 ! あうう ・・・ た 助けて ・・・
」
「 あ! 君 !? 危ない ! 」
それきり 彼女の意識はぷつり、と途切れ 彼の腕の中に
くたくたと倒れこんだ。
「 ほう ? ドクタ―・ウィッシュ ・・・? 」
コズミ博士は その柔和な顔をすこし曇らせた。
「 ウィッシュボン。 そうなんだ。
なかなか優れた論文を発表していてなあ
何回かメールのやりとりもした。 」
「 なるほど ・・・ その御仁が? 」
「 ああ 是非会いたい、と言ってきてな
どうもなにか相談したいことがあるらしいのだが。
どうせなら直接会おう、となっていたのだ。 」
「 あ 〜 ギルモア君が日本にいる と知っていたのかい? 」
「 さあ ・・・ なにかの拍子に伝えたかも しれん。
確かな記憶はないのだが 」
「 ふむ? ・・・ それが ― 来日せんかった のですな? 」
「 うむ ・・・ 突然 キャンセルの知らせがきた。 」
「 なにか 突発的な事情が? 」
「 わからん。 それ以来連絡がつかんのだよ。
そうしたら 」
ギルモア博士は 奥の部屋に視線を投げた。
「 ジョーが 連れてきた。 空き家に拘束されておったそうだ。
本人が ドクタ―・ウィッシュボンの娘だ と名乗った。 」
「 娘さんか ・・・ 君は彼女の存在を知っていたかね 」
「 いや 彼から直接は聞いておらん。 プライベートな話はしていなかったし。
まあ 今は保護している、というところか・・・
持っていたパスポートは 確かに ヘレン・ウィッシュボン じゃったが 」
「 ふむ ・・・? パスポートは なあ・・・ 」
コズミ博士は ますます眉間の皺を深くしている。
「 なにか気になるのかね 」
「 いや ― ただ ・・・ 英国の学会にも知り合いが何人かおるが
その御仁の名を聞いたことがないのでね。 」
「 ・・・ うん? 」
「 それほどの御仁なら あちらの学会でも有名かと 」
「 ・・・ それは ・・・ そうだが 」
「 君が直接面識がない、というのにちょいと引っ掛かってな 」
「 しかし ― 論文は 」
「 ああ それは確かに。 ただ ちょっと気になってな 」
「 うむ ・・・ 用心しよう ・・・
しかし ・・・ こんなジジィを騙す必要があるかなあ 」
「 おいおい・・・ ギルモア君。
君は 自分が有名人だ、ということを忘れてはいかんよ 」
「 ・・・ ふ ん ・・・ 裏世界のことだ 」
「 それが 心配なのじゃ 」
「 ・・・ う〜〜む 」
両博士は 一見穏やかに語りあっている風情だが
実際には憂慮の視線を 奥の部屋に休む人物に 向けていた。
トントン。 軽いノックと共にあの彼が顔をだした。
「 ヘレンさん? 入ってもいいですか 」
「 あ ・・・ どうぞ 」
彼女はベッドから起き上がり慌てて身仕舞をした。
「 ああ 横になっていてください。 無理しないで・・・
あのう ミルク・テイ 持ってきました。 飲めますか 」
「 まあ 嬉しい。 頂きます 」
「 どうぞ。 えへへ ちゃんとイギリス人に教えてもらいましたから
・・・ 紅茶の味は確かだと思います 」
「 ん〜〜 ・・・ 美味しい! ああ ロンドンの味だわ 」
「 よかった・・・ あ あのう これ 着替えデス。
仲間にパリジェンヌがいて 彼女の服を借りました。 」
彼は 袋に入った衣類を置いた。
「 まあ ・・・ 拝借してよろしいのですか 」
「 うん 優しい子だから・・・ どうぞって言ってくれると思います。
ああ もうすぐ会えます。 」
「 ! フランスからいらっしゃるの? 」
「 はい。 ぼくが迎えに行きます。 」
「 そう ですか ・・・ お目にかかれるのが楽しみですわ 」
「 きっと貴女のよい友人になってくれます。
さあ 少しお休みなさい。 休息が一番です 」
「 はい ・・・ あのう ジョーさん 」
「 はい? 」
「 サンキュ 」
彼女は身を乗り出し腕を伸ばし 彼にキスをした。
「 !! ・・・ あ あの ・・・ 」
「 ・・・ グッナイ ・・・ 」
ファサ ・・・。
色素の薄い髪は たちまちブランケットの下に隠れてしまった。
「 あ は ・・・ お休みなさい ヘレンさん 」
彼は 頬を紅潮させたまま ― カップを持って出ていった。
ふ ふふふ ・・・・
第一印象は まずまず かな。
落としてみせる。 必ず。
ふふふ ふふふふ ・・・・
ブランケットの下で 彼女は声を立てず表情も変えず ― 笑っていた。
Last updated : 04,13,2021.
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********** 途中ですが
はい 原作あのお話♪ 平ゼロ とは少し違うかな・・・
ふふふ ちょっと視点を変えてみました。
あのお話 大好きです 一番好き♪
ちょいと時間軸が違うかもしれませんが・・・ご容赦を。
続きます〜〜〜